レタトルチド(開発コード名 LY3437943)は、Eli Lilly社が開発中の、週一回投与の注射用ペプチドで、治験段階の薬剤です。グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)、グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)、グルカゴンという三つのホルモン受容体を同時に活性化します。そのため「トリプルアゴニスト(三重作動薬)」と呼ばれ、チルゼパチド(GIPとGLP-1)やセマグルチド(GLP-1のみ)より一歩進んだ薬剤です。肥満症、2型糖尿病、および肥満に関連する疾患を対象に開発が進められています。
最も重要な事実は、レタトルチドは承認された医薬品ではないということです。2026年10月時点で第3相試験の段階にあり、Lilly社は2027年第一四半期にFDA(米国食品医薬品局)へ承認申請を行う予定だと述べています。第3相試験では、80週間で最大25%の平均体重減少が報告されています。「研究用ペプチド」としてオンラインで販売されている製品は、FDAの見解では未承認の医薬品にあたり、検査機関の分析では、中身が表示と大きく異なることが確認されています。
このページは、公表された臨床試験、Lilly社の試験情報、規制当局の報告内容をまとめたものです。教育目的のみの情報であり、医学的助言ではありません。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 薬剤の分類 | GIP、GLP-1、グルカゴンの三つの受容体に作用するトリプルアゴニスト(脂肪酸で修飾されたペプチド) |
| 開発元 / コード名 | Eli Lilly社、LY3437943 |
| 投与経路 | 週一回の皮下注射(試験での方法) |
| 検討された用量 | 第2相:0.5–12 mg/週、第3相:維持用量として4、9、12 mg/週 |
| 半減期 | 約6日(第1b相試験) |
| 分子量 | 約4,730 Da |
| 承認状況 | FDA未承認。Lilly社は2027年第1四半期に生物学的製剤承認申請(Biologics License Application)を予定。承認前の患者個別の拡大アクセスが2026年に開始 |
| 米国の規制物質としての位置づけ | DEAスケジュールIII(21 CFR 1308.13)には掲載されていない |
| WADAでの位置づけ | 2026年の禁止表には名称の記載なし。未承認薬としてS0(未承認物質)に該当し、常時禁止 |
概要
レタトルチドは、脂肪二酸(脂肪に似た側鎖)が結合した単一のペプチド鎖です(Sanyal et al., Nat Med 2024)。Lilly社の研究者らが、その発見と2022年のヒト初回投与について報告しています(Coskun et al., Cell Metab 2022)。2026年の検査機関の分析では、本物のレタトルチドの想定分子量は4,730.477 Daとされました(Piatkowski et al., Drug Alcohol Rev 2026)。
発見時の論文では、三つの標的が役割を分担していると説明されています。
| 受容体 | 発見時の論文で説明されている役割(マウスのデータ) |
|---|---|
| GLP-1受容体 | カロリー摂取量を減らす |
| GIP受容体 | GLP-1受容体の活性と併せて、カロリー摂取量を減らす |
| グルカゴン受容体 | エネルギー消費を増やす(チルゼパチドにはない作用) |
細胞を用いた試験では、レタトルチドはヒトのグルカゴン受容体とGLP-1受容体に対して、体内で作られるホルモン自体よりも作用が弱く(それぞれ0.3倍と0.4倍の活性)、ヒトのGIP受容体に対してはより強い作用(8.9倍)を示しました(Sanyal et al., Nat Med 2024)。肥満マウスでは、GIP受容体とGLP-1受容体による食欲抑制に、グルカゴン受容体を介したエネルギー消費の増加が加わることで、より大きな体重減少が得られました(Coskun et al., Cell Metab 2022)。この作用機序は動物で示されたものであり、ヒトでの結果は以下の試験が示しています。
薬物動態
ヒトの薬物動態に関する主なデータは、2型糖尿病の72人を対象とした12週間の第1b相試験によるもので、週一回の用量を0.5 mgから最大12 mgまで段階的に増量して投与しました(Urva et al., Lancet 2022)。
| 指標 | 所見 |
|---|---|
| 半減期 | 約6日 |
| 用量比例性 | 曝露量は用量に比例して増加した |
| 裏づけられた投与間隔 | 週一回 |
| 単回投与後の体重への影響 | 単回投与試験で、体重減少は43日目まで持続した(Coskun et al., Cell Metab 2022) |
ドーピング検査機関が、2 mgを1日目と7日目に自己投与した四人でレタトルチドを測定しました(Carneiro et al., Rapid Commun Mass Spectrom 2026)。未変化の薬物は初回投与後およそ56日間、血漿中に検出されましたが、尿中には薬物自体も分解産物も検出されませんでした。著者らは、検出に適した検体は尿ではなく血液であると結論づけています。
規制上の位置づけ
- 未承認です。 2026年半ばの報告の時点で、レタトルチドを承認した国の規制当局はありませんでした(Piatkowski et al., Drug Alcohol Rev 2026)。2026年7月23日、Lilly社は2027年第1四半期にFDAへ生物学的製剤承認申請(Biologics License Application)を提出する予定だと述べました(Lilly press release, 2026)。
- 拡大アクセス。 2026年、Lilly社は承認前の、患者個別の拡大アクセスプログラムを登録しました(ClinicalTrials.gov NCT07629401)。対象は、承認されている体重管理薬の最高用量を使用してもBMIが35以上で、肥満に関連する重篤な合併症が二つ以上あり、レタトルチドの試験に参加できない成人に限られます。申請は治療を担当する医師が行う必要があります。
- FDAによる取り締まり。 FDAの警告書は、オンライン販売業者が販売する「Retatrutide」製品を「未承認の新薬」としています(FDA warning letter to Swisschems, December 10, 2024)。2026年3月の警告書は、販売業者のウェブサイトから製品がヒトへの使用を意図していることが示されているため、「Research Use Only(研究用のみ)」という表示があっても結論は変わらないと述べました(FDA warning letter to Gram Peptides, March 31, 2026)。
- 規制物質。 レタトルチドはステロイドではなくペプチドであり、スケジュールIIIに掲載されているアナボリックステロイドには含まれません(21 CFR 1308.13)。
研究でわかっていること
以下の試験はすべてEli Lilly社の資金提供によるものです。結果は平均の変化量で、特に記載がない限りプラセボとの比較です。
糖尿病を伴わない肥満症:第2相試験
第2相試験では、肥満症(または過体重に体重関連の疾患を伴う)成人338人を、週一回のレタトルチド1–12 mgまたはプラセボに48週間ランダム化しました(Jastreboff et al., NEJM 2023)。
| 週あたりの用量 | 24週時の体重変化 | 48週時の体重変化 | 48週時に15%以上減少した割合 |
|---|---|---|---|
| プラセボ | −1.6% | −2.1% | 2% |
| 1 mg | −7.2% | −8.7% | — |
| 4 mg(併合) | −12.9% | −17.1% | 60% |
| 8 mg(併合) | −17.3% | −22.8% | 75% |
| 12 mg | −17.5% | −24.2% | 83% |
脂肪肝疾患(MASLD、肝脂肪率10%以上)のある参加者98人によるサブスタディでは、12 mg群で24週時に肝脂肪が82.4%減少したのに対し、プラセボ群では0.3%増加しました(Sanyal et al., Nat Med 2024)。肝脂肪が正常範囲(5%未満)に戻った割合は、12 mg群で86%で、プラセボ群では一人もいませんでした。
糖尿病を伴わない肥満症:第3相試験(TRIUMPH-1)
TRIUMPH-1では、糖尿病のない肥満症の成人2,339人を、4、9、12 mg/週またはプラセボに80週間ランダム化しました(Jastreboff et al., NEJM 2026)。変形性膝関節症のサブグループ(574人)と閉塞性睡眠時無呼吸のサブグループ(243人)には、それぞれ独自の主要評価項目が設定されました。
| 評価項目 | プラセボ | 4 mg | 9 mg | 12 mg |
|---|---|---|---|---|
| 80週時の体重変化 | −3.9% | −17.6% | −23.7% | −25.0% |
| 膝の痛み(WOMAC、1–10のスケール) | −1.9 | −3.2 | −3.5 | −3.6 |
| 無呼吸低呼吸指数(回/時間) | −9.9 | −22.9 | −34.3 | −31.7 |
9 mg群と12 mg群の体重減少は、プラセボより19.8ポイント、21.0ポイント大きくなりました(どちらもPは0.001未満)。痛みと睡眠時無呼吸の数値は、試験の主要な「ハイブリッド」推定対象(estimand)に基づくもので、治療意図に基づく(intention-to-treat)解析でも同様の結果でした。最も多かった有害事象は消化器系のものでした。
2型糖尿病を伴う肥満症(TRIUMPH-2)
TRIUMPH-2では、BMIが27以上で2型糖尿病のある成人1,152人を八か国で80週間ランダム化しました(Bellido et al., Lancet 2026)。
| 群 | 80週時の体重変化 | プラセボとの差(95%信頼区間) |
|---|---|---|
| プラセボ | −5.1% | — |
| 4 mg | −11.9% | −6.9%(−8.7〜−5.1) |
| 9 mg | −16.8% | −11.8%(−13.7〜−9.8) |
| 12 mg | −18.8% | −13.8%(−15.8〜−11.8) |
体重減少は、糖尿病のない人を対象としたTRIUMPH-1より小さいものでした。
心血管疾患を伴う肥満症(TRIUMPH-3、トップライン結果のみ)
Lilly社は、BMIが35以上で心血管疾患が確立している成人1,949人を対象とした80週間の試験TRIUMPH-3のトップライン結果を報告しました(Lilly press release, 2026)。体重は、プラセボの3.2%に対して、9 mgで21.6%、12 mgで22.6%減少しました。心血管イベントは少なく、五つの要素からなる主要有害心血管イベントの複合アウトカムに対する併合ハザード比は0.82(95%信頼区間 0.55–1.22)で、統計学的に有意ではありませんでした。これらの結果は、発表の時点では査読を受けていませんでした。心血管および腎臓のアウトカムを専門に調べる試験は現在も進行中です(ClinicalTrials.gov NCT06383390)。
2型糖尿病:血糖
| 試験 | デザイン | HbA1cの変化 | 体重の変化 |
|---|---|---|---|
| 第2相(Rosenstock et al., Lancet 2023) | 成人281人、0.5–12 mgをプラセボまたはデュラグルチド1.5 mgと比較、24/36週間 | 12 mgで−2.02%、プラセボで−0.01%、デュラグルチドで−1.41%(24週時) | 12 mgで−16.9%、プラセボで−3.0%(36週時) |
| TRANSCEND-T2D-1(Bajaj et al., Lancet 2026) | 食事と運動のみの成人537人、4、9、12 mgをプラセボと比較、40週間 | 12 mgで−1.94%、プラセボで−0.81% | 12 mgで−15.3%、プラセボで−2.6% |
HbA1cは、過去2–3か月の平均血糖値を表す指標です。どちらの試験でも、重度の低血糖(危険なほど低い血糖値)は報告されませんでした。
体組成:脂肪と除脂肪量
レタトルチドはアナボリック薬ではなく、除脂肪量の多い人やレジスタンストレーニングをしている人を対象に検討した試験はありません。第2相の糖尿病試験のDXAサブスタディでは、脂肪の減少が直接測定されました(Coskun et al., Lancet Diabetes Endocrinol 2025)。
| 群 | 36週時の総脂肪量の変化 |
|---|---|
| プラセボ | −4.5% |
| デュラグルチド1.5 mg | −2.6% |
| レタトルチド4 mg(併合) | −15.2% |
| レタトルチド8 mg(併合) | −26.1% |
| レタトルチド12 mg | −23.2% |
著者らは、減少した体重全体に占める除脂肪量の割合は、他の肥満症治療で見られるものと同程度だったと報告しています。つまり、減少した体重の一部は、やはり除脂肪組織です。ベースラインと36週時の両方でスキャンを受けたのは103人のみのため、これらの推定値は精度が高くありません。
腎臓マーカー
二つの第2相試験の事後解析では、2型糖尿病の人において、12 mgによって尿中アルブミン/クレアチニン比(腎障害のマーカー)がプラセボと比べて37.0%(95%信頼区間 7.0–57.3)低下しました(Heerspink et al., Kidney Int Rep 2025)。ベースラインでは大半の参加者の尿中アルブミンが正常だったため、絶対的な変化は小さいものでした。
副作用とリスク
承認された添付文書がないため、警告、禁忌、相互作用についての公式な一覧はありません。わかっていることは、最長80週間の試験によるものです。
消化器系への影響
悪心、下痢、嘔吐、便秘は、すべての試験で最も多い有害事象でした。これらは用量に依存し、多くは軽度から中等度で、主に増量の期間中に起こりました(Sanyal et al., Nat Med 2024)。第2相試験では、開始用量を4 mgではなく2 mgにすると、一部が軽減されました(Jastreboff et al., NEJM 2023)。TRIUMPH-2では次の発現率が報告されました(Bellido et al., Lancet 2026)。
| 有害事象 | プラセボ | 4 mg | 9 mg | 12 mg |
|---|---|---|---|---|
| 下痢 | 13% | 27% | 34% | 34% |
| 悪心 | 8% | 14% | 21% | 28% |
| 低血圧(血圧が低い状態) | 1%未満 | 1% | 5% | 6% |
| 異常感覚(皮膚の異常な感覚) | 1% | 4% | 6% | 7% |
| 有害事象または死亡による治療中止 | 5% | 4% | 12% | 8% |
TRIUMPH-3では、Lilly社は有害事象による治療中止を、9 mgで9.8%、12 mgで13.5%、プラセボで4.8%と報告しました。異常感覚(皮膚の異常な感覚)は、レタトルチドのどの用量でも6.4%の人に起こり、プラセボでは1.3%でした(Lilly press release, 2026)。
心拍数
第2相の肥満症試験では、心拍数は用量に依存して上昇し、24週時にピークに達して、その後は低下しました(Jastreboff et al., NEJM 2023)。長期的な心血管の安全性は、これまでに公表された試験ではなく、進行中のアウトカム試験によって明らかになります。
試験中の死亡
TRIUMPH-2では、レタトルチド群の六人とプラセボ群の一人が死亡しましたが、治験担当医師はすべての死亡を試験薬とは無関係と判断しました(Bellido et al., Lancet 2026)。TRANSCEND-T2D-1では二人の死亡が報告され、いずれも4 mg群で、無関係と判断されました(Bajaj et al., Lancet 2026)。
規制されていない「研究用」製品
レタトルチドは処方できないため、試験以外での使用のほとんどは、規制されていない製品によるものです。
- 誤った用量。 オーストラリアで購入され、認定検査機関で検査された、10 mgと表示された三本のバイアルは、いずれもレタトルチドを含んでいましたが、量は5.13 mg、16.5 mg、19.0 mgで、表示の51–190%でした(Piatkowski et al., Drug Alcohol Rev 2026)。無菌性とエンドトキシンは検査されていません。
- 症例報告。 20代半ばの女性が、レタトルチドを含むとされる製品を、ウェルネスの場で医療の訓練を受けていない人から週一回、四回注射された後、持続する嘔吐で入院しました(Buzzi and Huber, BMJ Case Rep 2026)。1型糖尿病の男性は、オンラインで入手した製品を注射した後、重度の嘔吐、ケトーシス、急性腎障害を発症しましたが、赤痢菌(Shigella)感染が同時にあったため、因果関係は不確かです(Branine, Cureus 2026)。レタトルチドは、1型糖尿病において確立された役割はありません。
研究が行われていない対象
公表された試験の対象は、肥満症、過体重、または2型糖尿病の成人で、期間は最長80週間でした。アスリートやトレーニングを積んだ人、または1型糖尿病の人を対象にレタトルチドを検討した、公表済みの対照試験はありません。
スポーツでの使用
レタトルチドはWADAの禁止表に名称は記載されていません。しかし、S0のクラスは、禁止表のほかの箇所で扱われておらず、どの政府の保健当局からも現在承認を受けていない「あらゆる薬理学的物質」を禁止しており、「前臨床または臨床開発中」の薬物を明示的に含んでいます(WADA 2026 Prohibited List)。未承認の治験薬であるレタトルチドはこのクラスに該当し、常時禁止されています。規制当局が承認した場合には、その位置づけが変わる可能性があります。検証済みの血液検査により、使用後数週間にわたって検出できます(Carneiro et al., Rapid Commun Mass Spectrom 2026)。
要点
- トリプルアゴニストであり、承認された薬ではありません。 レタトルチドはGIP、GLP-1、グルカゴンの各受容体を活性化します。2026年10月時点で治験段階にあり、2027年第1四半期にFDAへの申請が予定されています。
- 第3相で大きな体重減少。 第3相のTRIUMPH-1試験では、糖尿病のない成人は80週時に、プラセボの3.9%に対して、12 mgで平均25.0%の体重が減少しました。
- 糖尿病があると効果は小さくなります。 TRIUMPH-2では、2型糖尿病の人の体重減少は、プラセボの5.1%に対して、12 mgで18.8%でした。
- 副作用は用量とともに増えます。 消化器系の症状が中心です。異常感覚、低血圧、24週時にピークに達した心拍数の上昇も報告され、高用量の人の最大12–14%が有害事象のために治療を中止しました。
- 筋肉を増やす薬ではありません。 脂肪量を減らしますが、減少した体重の一部は除脂肪組織です。除脂肪量の多い人やトレーニングを積んだ人を対象に検討した試験はありません。
- グレーマーケットの製品は信頼できません。 FDAは、オンラインで販売される「研究用のみ」のレタトルチドを未承認薬として扱っており、検査されたバイアルには表示量の51–190%が含まれていました。
出典
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- Coskun T, Wu Q, Schloot NC, et al. Effects of retatrutide on body composition in people with type 2 diabetes: a substudy of a phase 2, double-blind, parallel-group, placebo-controlled, randomised trial. Lancet Diabetes Endocrinol. 2025;13(8):674–684. PubMed.
- Heerspink HJL, Lu Z, Du Y, et al. The effect of retatrutide on kidney parameters in participants with type 2 diabetes mellitus and/or obesity. Kidney Int Rep. 2025;10(6):1980–1992. PubMed.
- Jastreboff AM, Kaplan LM, Davies MJ, et al. Retatrutide, a triple hormone receptor agonist, for treatment of obesity. N Engl J Med. Published online September 29, 2026. doi:10.1056/NEJMoa2604169. PubMed.
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